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名古屋高等裁判所 昭和24年(控)1397号 判決 1949年12月28日

被告人

新美伊之助

主文

原判決を破棄する。

本件を津地方裁判所四日市支部に差し戻す。

理由

弁護人早川浜一の控訴趣意書は、縷々陳述するところがあるけれども、之を精査した上、其の趣意を要約すると、被告人の本件犯罪の動機、犯行の態樣、竝被害者の被告人に対する現在の心境等に鑑みると、被告人に対しては罰金刑に処するを相当とするに拘らず、原判決が被告人を懲役六月に処したのは、其の量刑が不当であるから、原判決は破棄さるべきであると謂うに帰着する。

依つて先づ職権を以て、原裁判所か爲した訴訟手続の当否に付いて調査すると、原審第一回公判調書中、裁判官はこれより証拠調べに入る旨告げた。檢察官は先づ証拠により証明すべき事実を左の通り明かにした(一)被告人が犯罪発生場所に居合せた事実(二)被告人が毆打した事実(三)被害者の暴行を受けた程度及其の事実。裁判官は檢察官次で被告人及弁護人に対し証拠調の請求を促した。檢察官は前記証明事実を立証する爲左の通り証拠調の請求をした(一)被告人新美菊之助に対する司法警察員の第一回供述調書一通、(二)被告人新美菊之助に対する檢察官の供述調書一通、(三)被害者藤本三男の参考人としての檢察官の供述調書一通(四)被告人の前科調書一通。裁判官は被告人及弁護人に対し右証拠調の請求につき陳述を求めた。被告人及弁護人は何れも檢察官の取調請求に係る前記証拠書類を本件の証拠とすることに同意する。被告人は証拠調の請求を弁護人に一任すると述べた。弁護人は(一)被害者藤本三男の歎願書一通(二)被害者藤本三男の後見人藤本辰男の歎願書一通。裁判官は檢察官に対し弁護人より提出した右証拠書類を示した。檢察官は弁護人より提出せられた証拠書類は可然決定ありたいと述べた。裁判官は檢察官及弁護人請求の証拠調を採用する爲決定を宣告し檢察官被告人及弁護人に対し右証拠調の順序方法について意見を求めた。檢察官被告人及弁護人は何れも裁判所に於て可然決定ありたい旨意見を述べた。裁判官は本日当公廷で前記檢察官及弁護人請求の証拠書類を檢察官及弁護人にて朗読して行う旨告げた。檢察官は前記証拠決定の証拠書類を順次朗読した。弁護人は前記証拠決定の証拠書類を順次朗読した旨の記載に徴すると、原裁判所は檢察官から証拠調の請求があつた(一)被告人新美菊之助に対する司法警察員の第一回供述調書一通(二)被告人新美菊之助に対する檢察官の供述調書一通(三)被害者藤本三男の参考人としての檢察官の供述調書一通(四)被告人の前科調書一通竝弁護人から証拠調の請求があつた(一)被害者藤本三男の歎願書一通(二)被害者藤本三男の後見人藤本辰男の歎願書一通を夫々右記載の順序に從つて証拠調を爲す旨の決定を宣し、同決定通り之が証拠調を爲したことが認められ、從つて之に依れば、原裁判所は被害者藤本三男の参考人としての檢察官の供述調書一通に付いては、之が取り調べを爲すに先立つて、被告人新美菊之助に対する檢察官の供述調書一通に付いて、其の取り調べを爲したものと断じなければならぬ。然るに本件記録に依れば、右被告人新美菊之助に対する檢察官の供述調書一通が、刑事訴訟法第三百三十二條の規定により証拠とすることができる被告人の供述が自白である場合に該当するものであること竝右被害者藤本三男の参考人としての檢察官の供述調書一通が本件犯罪事実に関する証拠であることが夫々認められるところ、同法第三百一條の規定に依り、右両者の証拠の中前者の如きものに付いては、犯罪事実に関する他の証拠即ち後者が取り調べられた後でなければ、其の取り調べを爲し得ないものと解しなければならぬに拘らず、原裁判所が之と見解を異にし、右説明のように、後者に付之が取り調べを爲すに先立つて、前者を取り調べたのは、其の訴訟手続に法令の違反があるものと謂わなければならぬ。

更に職権を以て、原判決の法令適用の当否に付いて調査すると、原判決は被告人が昭和二十四年七月二十八日頃の午後四日市市西新地映画劇場彌生館二階観覽席に於て不良仲間岡本保と共に観覽客藤本三男当二十年に些細の事から喧嘩を吹掛け、被告人は同人の顏面を手拳にて毆打し以て暴行を爲した是の事実を認定の上、之が法令の適用として刑法第二百八條第六十條を示して居る。然るに原判決の認定した右暴行の所爲は、昭和二十三年十二月法律第二百五十一号罰金等臨時措置法の施行に依り、刑法第二百八條の暴行罪に付定められた罰金額が変更された以降のことに属するから、原判決は原判示事実を認定した以上、之が法令の適用に際しては、須らく刑法第二百八條第六十條の外、右罰金等臨時措置法中の関係法條をも適用しなければならなかつたのに拘らず、原判決が事茲に出でないで、右罰金等臨時措置法中の関係法條を適用しなかつたのは、其の法令の適用に誤があるものと断じなければならぬ。

右説明のように、原判決には訴訟手続に法令の違反があるの外法令の適用にも誤があり、殊に其の誤が孰れも判決に影響を及ぼすものであることは明らかであるから、原判決は量刑不当に関する論旨に付いて説明する迄もなく、既に此の点に於て破棄を免れ難く、且当裁判所は本件訴訟記録竝原裁判所に於て取り調べた証拠によつて、直ちに本件に付いて判決を爲し得るものとも認め得ない。

依つて刑事訴訟法第三百九十七條第四百條本文に則つて、主文のように判決する。

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